インタビューInterview

DIGITAL CRISIS RESEARCH INSTITUTE

第1回JDCアワード

【第1回JDCアワード】【優秀賞受賞インタビュー】サイボウズ株式会社様

あのCMはこうして生まれた

今、働き方改革と言えばサイボウズの斬新さに勝てる企業はないだろう。
2020年、日本中が緊張と倦怠感に包まれ、平常を装う限界を感じ始めた頃。彼らは鮮烈なメッセージを発信して衆目を集めた。『がんばるな、ニッポン。』。このフレーズはオリンピックから着想を得たものらしい。

制作当時、Twitterには「うちは何故か強制出社です」という悲鳴が、毎日のように書き込まれていた。そこにあの逆説的キャッチコピーが投げ込まれたのだ。背景には「僕らみたいな変な会社が言っていかないと」という思いがあった。

働く人の息遣いを投影し、新たなスタイルを提案する、繊細で切れ味鋭いCMは私たちの思考を蘇らせた。

CM自体の構想は数年前に遡る。だがコロナ禍で進路を変えざるを得ない状況はサイボウズも同じであった。「次のコミュニケーションメッセージどうする?」企画はしばらく棚上げとなっていた。
再び動き出したのは、2020年2月中旬。社長である青野氏の発案が契機となった。「無駄な頑張りはやめようよ」というサイボウズのテーマを踏まえ、テレワークに的を絞って「出社をがんばるな」という切り口にしてはどうかというものであった。

急ピッチで制作が進められた。期限はわずか2週間先である。旬は逃せない。

とは言えサイボウズのプロモーション制作は、企画段階から社内のメンバーを巻き込んでいく。未だ日本にはあまり例がない制作スタイルである。
斬新なキャッチコピーを前に、想定以上の反発が社内に巻き起こった。社内炎上である。
「あまりにも日本人の気質に反している」「それはエッセンシャルワーカーへの見地のなさと伝わらないか」「やはり怠惰な印象をぬぐえない」論理と感情が錯綜するやり取りが続いた。論理には打開策を、感情には説明を尽くし、チームは使命を果たそうと奔走した。

「有難かったです。納得感ある指摘が多かった。我々のメッセージをブラッシュアップするために必要な情報がそこにはあった」と振り返るのは、サイボウス株式会社でコーポレートブランディング部部長を務める大槻幸夫氏である。社内で指摘を受けたからこそ、『経営者のみなさまへ』と、伝える相手を自ら絞り込むアイディアが生まれたという。

彼自身もこのCMを世に出すことに不安があった。それでもサイボウズに根付いた意思決定プロセスが背を押した。「事なかれでなくていい。リーダーがGOを出したなら行ってみよう」彼らは日常から、グループウェア上の雑談場を介して信頼関係を育み、それを糧に前進する文化がある。
制作チームの皆は知っていたのだ。「リスクを取ってやらせてください」と、マーケティング本部長が頭を下げたことを。

3月、放送開始直後から反響は大きかった。恐れていた時でもある。

・Yahoo!トピックスではトップページに取り上げられ、話題となった。
・週刊新潮では「がんばるなニッポンでいいのか」と言及された。
・人事部で働く方からは、「自分は出社しなければならず不安で仕方なかったんですが、こういうメッセージを出してくれる会社が日本にもあったんだと勇気づけられました。思わず録画しました」と一報があった。
・当初、最も気がかりだったエッセンシャルワーカーの方々からも、「良いCMですね」と病院内で声をかけて頂けたと従業員が報告してくれた。

ホッと胸を撫でおろした瞬間であった。

嫌悪感を顕にするクレームもいくつかあったと明かしてくれたが、「きっと色々な事情があったんでしょうね」とやんわり相手を思う彼がいた。色んな反応があっていいと彼は言う。「日本人にも色々いる。アメリカ人も色々。けれど、周りの状況を汲みながら物事を進めていけるスキルは、日本人が高いと実感している」
世界を拠点に動き続ける彼が、日本人を愛し、解する姿勢は変わらないようだった。

得られた成果

サイボウズがこのCMを通じて、企業的躍進を遂げたかと言われればそうではない。彼らはこれまでも着々とメッセージを積み重ね、地道な開発プロセスを経て今に至っている。
リモートワークで雑談が減り、スムーズなコミュニケーションを取りづらいと感じている人々に、彼らの商品は、社内Facebookとでも称されそうなコミュニケーション支援を見事に果たしてくれる。「相手が今何をしているのか分からず、声をかけづらい」「チームの予定が立てづらく途方に暮れてしまう」そんな私たちに、彼らは既に快適な環境を提案してくれている。

定量的変化を確認できた事をあげるとすれば、BtoB企業としては異例ともいえる企業認知度の急上昇があげられる。同社でも数年来微増だった企業認知度が、大きく跳ね上がった事実は爆発的成果に違いなかった。

しかしながらリアルオフィスに行けないリモートワークの不自由さを、サイボウズも経験していた。対外的に行うイベントやセミナーの仕様変更、採用場面における新入社員の受け入れや研修にも支障が出ていた。
それでも副産物があったという。社長に至るまでリモートワークを行い、これまでリモートワークに限定して働いていた社員の孤立感を払拭できた。皆が対等に画面に映り、会議を行えたことで一体感が得られたのだ。先進的であるがゆえの課題も抱えていたらしい。この間、YouTube活用スキルにも磨きがかかったそうである。

クライシスとの向き合い方

しかしあの過激なキャッチコピーである。炎上するリスクも高いはずだ。ややもすれば無防備にも映るが、彼らの見解は違っていた。
「私たちは炎上を気にしていないんです。それよりも、真摯な対応というフォローアップの姿勢こそが問われているのではないでしょうか。一発アウトの考え方が根強い反面、それはどんなに頑張っても起こり得る可能性なんです」
慣れや風を感じるような対応力が、デジタルコミュニケーションにおいては欠かせないと彼は考えている。反面、漏れや隠ぺいに代表される体質改善を要する対応は、最悪の結果を生むことを確信しているという。

展望とメッセージ

彼曰く、SNSにおけるテキストの重要性は未だ無視できず、回覧型の情報共有はこれからも変わらない。そのためYouTubeという媒体には難しさがあるという。
彼が次に注目している媒体の1つはTikTokだ。サイボウズでも、顧客の高齢化が経営課題である。
「リアルと物理の導線として、チャンスがあれば是非やりたい」と語り、あくまでも前向きな姿勢を崩さない。
併せて、「これからはサイボウズ製品が生み出すオープンな情報共有プラットフォーム訴求を行い、企業ブランドから商品ブランドへ自然な理解を生み出していきたい」と方針を明かしてくれた。プロダクトブランディングを推進し、ビジョンを提示する必要性を感じているという。それこそが次のグローバルブランディングの流れであるとの認識からだ。彼らの目は、常に時代の先を見据えている。

最後にメッセージを求めると、大切なモノを並べるような口調に変わった。

「今は、働き方を変えるチャンスです。私たちの世代で、新しい日本の働き方を、考えていきませんか」

短いが、優しい友人からのお誘いになった。