インタビューInterview

DIGITAL CRISIS RESEARCH INSTITUTE

第1回JDCアワード

【第1回JDCアワード】【エンゲージメント賞受賞インタビュー】シャープ株式会社様

「手探り」の経験値の高さと勇気が奏功

シエンプレ株式会社(以下、シエンプレ):2020年は新型コロナウイルスの感染拡大など、社会も大きく変わった年でした。今振り返られて、Twitter運用で苦労されたことや良かったと思われる取り組みがありましたら、お聞かせください。

シャープ株式会社 Twitter担当責任者 山本様(以下、山本様):きっと皆さん同じ答えになると思いますが、2020年というのはとにかく見通しが立たない年だったと思います。企業活動そのものが先行き不透明な状況で、Twitter運用に関しても同様でした。しかし本来、SNSのコミュニケーションは何かの前例に基づいて運営するものではないので、手探りで進まなければならないというのは今までとほとんど変わらなかったように思います。
ただ私はTwitterの運用歴が長く、手探りの経験値や勇気を持ち合わせていたのが「良かった」と思えました。もちろん、手探りでコミュニケーションを取ること自体が「なかなか難しい」と感じる方も多くいらっしゃっただろうというのが率直な意見です。

シエンプレ:なるほど。

山本様:外出自粛で在宅時間が長くなり、相対的にスマートフォンやインターネット、SNSを見る時間のウエイトが上がったのは事実だと思います。ですからそのフィールドで、企業がどのようなコミュニケーションを取るかが自然と重視されるようになったと感じています。

シエンプレ:じっくり目を通す時間ができるとイメージが膨らんだり、思考が深まったりするようになりますからね。ネットメディアとの接触時間に関するさまざまなデータも出ていますが、2020年はソーシャルメディアやネットの閲覧時間が伸びたという印象をお持ちではないでしょうか。

山本様:はい。私は日頃、社内の大きな枠組みを取り仕切る立場ではなく、会社を外から俯瞰して、中から発信するという立場で投稿しているのですが、これまで以上に多くの方に閲覧してもらえるようになったと実感しています。

世の中の人々の気持ちを取りこぼさない「スピード感」

シエンプレ:日頃からソーシャルリスニングと言いますか、消費者の要望や意見などを細かくチェックされた上で投稿内容を考えたり、実際に書き込んだりされているのでしょうか。

山本様:そうですね。「Yahoo!のリアルタイム検索」に「シャープ」というワードを入れてヒットした結果を眺めながら仕事をしています。

シエンプレ:ということは、リアルタイムで練ったコンテンツを投稿されているのですか。

山本様:はい、そうです。

シエンプレ:社内の部署で何カ所も許可を取り、ようやく投稿されるというお客様のお話をうかがったことがあるので、ちょっと驚きました。

山本様:どちらがいいか悪いかという話ではないと思いますし、私のやり方が褒められるかと言われたら、決してそうとは言い切れないということも分かります。けれども、ものすごく動きの速いSNS上で世間の方々の気持ちをキャッチアップしていくためは、自らもスピード感を発揮するしかないと思います。そのためにどうしたら良いかを考えると、今のところはこの方法しかないかなと考えています。

シエンプレ:確かに、社内で複雑な手続きを踏んでいる企業SNSの担当者様からは「やりづらい」という声をよく聞きます。

山本様:自社名をリアルタイム検索にかけたままずっと眺めているというのがソーシャルリスニングだと言われたらその通りですね。自社が世間からどのように見られているのかを横目で追いながら仕事をするスタイルが、今の私のSNS運用方法です。
投稿内容がたまたま「マスク生産」のように社会的インパクトが強い話題であれば、それについて語る人がたくさん増えます。ですから、それらすべてに目を通せば、ポジティブであるのかネガティブであるのか、あるいは信じられているのか疑われているのかが見えるわけです。そうした反応は、いったん会社の外に出なければ得られません。

シエンプレ:おっしゃる通りですね。

山本様:ですから、私の仕事は企業が何をどう出すかという段階ではなく、情報が発信された後の世間の反応を追いかけることだと思っています。

「シャープのTwitterの人」と認識してほしい

シエンプレ:私たちが運営するデジタル・クライシス総合研究所を通しても、最近の企業SNSはちょっとしたことでクレームや炎上に結び付くケースが増えています。読者に誤解を与えたり、企業イメージを毀損したりする印象を与えないために気を付けていらっしゃることはありますか。

山本様:「シャープのTwitterの人」という存在を、いかに定着できるか考えながら投稿しています。身も蓋もない話ですが、ネットでは何を言うか以上に「誰が言うのか」が大きな影響力を発揮します。同じ内容でも、シャープという企業全体の発言と「シャープのTwitterの人」の発言では、受け止める側の反応が変わってくるのです。ですから私は「シャープのTwitterの人が言っている」と捉えてもらえるよう、日々コミュニケーションを積み上げているということですね。

シエンプレ:なるほど。

山本様:「シャープのTwitterの人」が言っているという受け止め方をしてくださる方が増えるほど情報は伝わりやすくなりますし、例えネガティブな要素があったとしても、ポジティブな要素に転換しやすくなります。SNSのコミュニケーションにおける「誰が言うか、誰から伝わるか」の重要性に関しては、ある種の確信を持って運用しています。

シエンプレ:確かにSNSで成果を上げられている企業様の投稿は、「中の人」と企業様の存在をきちんと分けていらっしゃるように思います。

山本様:一方で逆説的なことを言いますが、発信者が「中の人」であるということを「何をどう言ってもいい」ということの免罪符にしたコミュニケーションに終始してしまうのは問題があると思います。私自身は「中の人」という自称を使いません。「中の人」が単に「中の人」というだけでは、コミュニケーションにおける信頼関係は築けないのではないでしょうか。

シエンプレ:2020年は「マスク生産」が世の中の称賛を浴びましたが、他に「これはうまくいったな」という投稿事例などはございますか。

山本様:「うまくいった」という事例はありません。そもそも何かを目論んでは書き込まないので。ただ目の前で起こっていることに対処するということを究極に突き詰めているだけなんです。何かを仕掛けたり、「うまい反応を引き出せてしめしめ」と思ったりすることはないですね。

シエンプレ:その時々の相手の気持ちに真摯に向き合って、寄り添われている様子が目に浮かびます。それが、御社のツイートに多くのフォロワーの方々が惹かれ続けている理由でしょう。ちなみに、俗に言う「バズる」ような仕掛けを工夫されたこともないのですか。

山本様:ありません。そういったことには興味がないんです。

シエンプレ:なるほど。では、逆にヒヤリとされた投稿経験はありますか。

山本様:小さなことはあったかもしれませんが、その都度修正してきました。炎上はSNSでの不適切な言動が原因になる場合と、SNSとは別の次元で起こった問題に非難の声が殺到して起こる場合がありますよね。双方は混同されがちで、企業活動などへの批判がSNSに押し寄せ、結果的にアカウント上で浴びせられた罵詈雑言に対応した経験は何度もあります。そのときに、どのような振る舞いをすべきかということに関しても、さまざまな方法を試してきました。

シエンプレ:炎上をくぐり抜ける上で、留意すべきことはありますか。

山本様:お叱りのレベルを超えた罵詈雑言を寄せる行為は、例えるなら会社の看板や敷地に石を投げつけるようなものだろうと考えています。少なくとも、批判の声を寄せる方々が思い浮かべられているのは特定の社員の顔ではなく、その会社のロゴや看板、ご自身が使っていらっしゃる製品だと思います。具体的な人の顔を思い浮かべないからこそ、罵詈雑言や中傷の声をぶつけやすくなるのではないでしょうか。
つまり、そびえ立った会社の壁に石や卵を投げることは容易にできても、そこに生身の人間が立っていたとしたら物を投げる手を止める人が案外多いのではないかということ。だから、お叱りを受ける事態が起こった場合の私の役割は何かと問われたら、寄せられた声を全部聞いて「私が1件残らず読んでいますよ」というメッセージを示すことだと思うんです。

シエンプレ:学ばせていただけることが多いお話ですね。

山本様:批判の声に対して「私はこう思う」という意見を述べるのではなくて、「受け止めている生身の人間がいますよ」ということを、そっとSNS上に差し出すということが案外大きな力になると考えています。

シエンプレ:確かに、一度冷静な自分に立ち返れそうな気がします。そのときに、日頃から「Twitterの人」という存在を確立されていることが生きてくるんですね。

山本様:それが正しい振る舞いかどうかは分かりません。少なくとも私自身が、その方法が有効なのではと考えて運用してきたということです。

お客様とのコミュニケーションを重視するSNS活用術

シエンプレ:さまざまなSNSが台頭する中で、Twitterの他に力を入れていこうとお考えになっているプラットフォームはありますか。

山本様:現状は私が1人で運用しているので、これ以上メディアを増やすのは難しいですね。Twitterで手いっぱいです。

シエンプレ:確かに、おっしゃる通りかもしれません。

山本様:もちろん、伸びているメディアを活用していくというマーケティング的な考え方の重要性もよく分かるのですが、私自身は自社製品を購入してくださったお客様とのコミュニケーションを大切にしたいですね。ですから、メディアとして伸びているかどうかということより、お客様とのコミュニケーションを取りやすい場所かどうかを基準に選びたいと考えています。そういう目的を持って利用するSNSの選択をしたときに、Twitterが最も交流しやすい場所だったということです。

シエンプレ:Twitterの仕様が最適だったわけですね。

山本様:その通りです。

シエンプレ:SNSの運用に関し、2021年に取り組もうと考えていらっしゃることはありますか。

山本様:これまでと変わらないスタンスで運用しますが、Twitterは数年前に比べて巨大な規模に成長していますよね。どんな人が利用されているのか、その時々のユーザー特性などを注視しながら、コミュニケーションの方法もどんどん変えていかなければならないと考えています。新しくTwitterを始める人もいれば、長く濃く使っている方もいらっしゃる。そうした方々と意思疎通を深めていく上では、相当難しい判断を迫られることもあると思うんです。そこは注意深く運用していく必要があると認識しています。

シエンプレ:国内のTwitterユーザーは約4500万人で、どのSNSよりも多いというデータが出ていますね。コロナ禍でステイホームが続くと、利用者は一層増えるのではないでしょうか。

山本様:利用者が増えるとマナーが変わってきます。それに合わせてテキストの書き方や表現の方法を柔軟に変えていくことができなければだめだと感じています。

心を通わせ合う喜びから生まれる新たな関係性

シエンプレ:最後に、御社の公式アカウントのフォロワーの皆さんや、Twitter運用を参考にされている方々にメッセージをいただけますでしょうか。

山本様:スマホとSNSのユーザーが増えて企業とお客様の距離が近くなったことで、良いこともたくさんあると考えています。例えば、自分たちが作った製品をどんな方々が使ってくださっているのかが見えることや、お客様からすればメーカーとすぐにコミュニケーションを取れるということです。特に、家電メーカーは量販店に製品の販売を委託しているので、お客様に「お買い上げありがとうございます」とお伝えしているのは量販店の方々だったんですよ。
それが、Twitterを開いた瞬間に直接お礼を言えるようになったわけです。公式アカウントにも毎日何十件、何百件と「これを買いました」というリプライが届きますが、それらに対して直接お礼を言えるようになったのはSNSのおかげ。だから、私はメリットしかないと捉えています。

シエンプレ:リアルでは成し得ないコミュケーションが可能になったということですね。

山本様:SNSには原始的な「商売の楽しさ」があると思っています。企業アカウントを運営される方は、そういうやりがいをモチベーションにするべきでしょう。それを見ているフォロワーさんは、思ったことや気付いたことなど、良いことも悪いこともどんどん発信していただけばいいと思います。企業の発信を見てくださる、受け止めてくださる人がいらっしゃるということですから。そのような関係性を、私たちがもっと自由に、次々と確立していくことができたらと考えています。